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クリスマスキャロル

先日、子供と動物番組を見ようと思ってテレビをつけたときのこと。たまたま、貧しい国の少年が危険な崖に登りミツバチの蜜を採る仕事をするドキュメンタリー番組をやっていました。

貧しいことを理由に、学校にも行けず弟たちの学費を稼ぐために危険な仕事をする少年の話・・・。あまりにも世界にはありふれている光景。でも遠い国のお話です。
まだこういう問題を考えるには幼いと思って、動物番組にチャンネルを変えようとしました。
でもアカネちゃんが見たいと言うので、チャンネルを戻してやり、何となく一緒に見ていたのですが、見終わったあと、少し考えたように言うのです。

「ねえ、おじいちゃんがランドセルを買うお金を送ってくれたでしょ。

そのお金でランドセルを買ったら余るんじゃない?

残ったお金をあそこに送ってあげたらどう?


ちょっとびっくりしました。
幼稚園がカトリックなので、週に一回は貧しい国の人たちが食べ物に困らないように祈るため、おにぎりだけを食べる日があるのですが、その他にも震災にあった人たちの様子を伝えるためのパネルを展示したり、外国の貧困に苦しむ人たちの話などもしているようです。
先日は、水を求めて一日に何十キロも歩く少女の話とかを私に聞かせてくれました。

こんな小さい子が真剣に考えることなのに、大人のほうが目を向けないというのも恥ずかしいことだと思いました。

私ができたことは、こういう人は世界中に沢山いてその人たち全員にお金を送ってあげることは無理だということ、一人だけを助けてあげるのは不公平だということ、お金をあげることだけが出来ることではなくて、自分たちで生きていく力(仕事や方法)を付けてあげることが大事で、そのための支援(募金)でないと役には立たないのだということを話してあげました。
政府が送った米ですら、アジアの闇市で売られているというニュースが流れていたりします。本当に必要な募金が、政府の高官の私服を肥やすために使われているのでは、意味がありません。

募金団体によっては運営費として多額の募金が使われているというような話を聞きます。募金を受けるほうの人ですら、東京の立派な一戸建てに住んでいて収入は夫婦あわせて1千万以上、家を手放したくないから海外に渡って順番待ちしているほかの人たちを飛ばして手術をさせるための募金を募っているというのが実態だったりするようで、募金に対して疑心暗鬼になりがちな昨今です。
身近な支援の方法としてフェアトレード商品というものがあるという話をしておきました。

これでどんなことを思うのかわかりません。でも、幼稚園の宗教教育はよい効果があったと思っています。

そして、先日「クリスマスキャロルってどんなお話?」と聞かれて、親が二人とも明確なストーリーを話せず「ディケンズって人が書いた、ケチで強欲な人が改心するいいお話だよ」としか答えられなかった本をクリスマスプレゼントに加えることにしました。

アカネちゃんは小2ぐらいまでの漢字ならば読めるので、それ以上の漢字にはルビが振ってある本を選びました。



まぁ、小学校に行ったらもうキリスト教とは縁がなくなるでしょうし、慈愛について考えることもなくなるでしょう。ただ、宗教について、親が教えるのではなく、幼少期に生活のなかにあったという記憶はいつか国際社会に出たときに役に立つかもしれないと思ってます。

それというのも・・・海外でホームステイをしたときに無宗教だと人間扱いされなくなるという話も聞いたことがあるので、私自身、「仏教徒だからそれについては踏み込まないでください」というオーラでごまかしたことがあります(--; (←食事の時にみんなお祈りをしているので、避けては通れませんでした)
 親が教えられないことは、外で教えてもらうしかないです。ちなみに、私はもっともらしく手をあわせて「いただきます」と言って食事をいただいていました。Very short!って言われましたけどね(^^; 
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